- 2008-10-03 (金) 8:18
- 社内システム
当社は元々活版印刷会社でした。活字で書籍の組版をしたり、伝票類、封筒、はがき、名刺もすべて活字でした。
写真の版は凸撮りしたフィルムで、亜鉛版を作ってもらい、活字を組んでいる版の台に両面テープで固定するのです。
ひとつひとつが手作りで、あるお得意先のマニュアル改訂のときなど、1ページずつ木の枠に入れて保管するのですが、場所は取るし重いしで大変でした。
間違って崩してしまったら、大変なことになります。
その後、タイプで版下を作成するようになりました。
すぐにモトヤという会社のタイプ組版ロボットを導入し、文字組版に活用しました。
その後、原稿の直しが頻繁で毎回校正を出すと60%くらいの打ち直しのある月刊誌をやることになり、写研という会社の電算写植用のコーディングを富士通のオアシスというワープロで行って、電算写植センターに出力を依頼していました。
その外注先から、電算写植機を買い取ってくれないか、との話があり買い取ることになりました。
ただ、この辺の段階ではページアップをすることはできません。文字版下を出して手で貼るのです。手動の写植機もありましたが、それらはページアップのための材料ということです。
この時期にパソコンで簡単に組版ができるミチヤというところのソフトも導入しましたが、モノになりませんでした。
このあと写研でもページアップできるようなソフトが出てきますが、当社はモトヤのアクシスという組版機を導入します。これは本体がオフコンなので、非常に安定していました。
これはモノクロですが、ページアップができ結構使えました。
その後継機のAX-Myという機種、そして現在も使っているELWINという編集ソフトに移行していきます。現在はXp版でカラー対応です。
15年くらい前から別会社において、マッキントッシュの部隊を8人くらいで立ち上げ、私がその責任者で仕事を取って回っていました。
きっかけは当時上陸したてのイスラエルのインディゴ社(現在はHPに買収された)のオンデマンド印刷機E-printという機械を導入するためだったのですが、結果マッキントッシュの部隊だけが残りました。
その別会社のマッキントッシュの部隊と当社のプリプレス課が合併して現在のDDR(Digital Design Room)としてあるわけです。
人数はピーク時の4分の1くらいですが、生産高は逆に増えています。昔がいかに効率が悪かったかということでしょう。

